モデルが見つからないと嘆くのは間違っているのではないかな
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モデルが見つからないと嘆くのは間違っているのではないかな

たまに、不便なこととか、当人が望まない状況に陥っている現状とか、そういうことをまるで自分が被害者かように語る人いるじゃないですか。

ああいうのは良くないと思いますね、けっこうキライです。

モデルが見つからないとか、お金がないとか、そういうの。

たとえば。

全然モデルが見つからないんです。

とかいう人いるじゃないですか。悪気がないのはわかるんです。けど、見つからないんじゃなくて、それって見つけようとしていないか、楽にモデルを見つける方法を知りたいだけなんじゃないのかな?と思うわけです。

人物を撮るフォトグラファーにとって、その被写体を探すって永遠の課題だと思うんですよね。しかもきっと誰でも良いわけじゃないじゃないですか。決して楽な道のりじゃないし、楽であってもいけないと思うわけです。

誰もが自分のミューズを探している。これはいま活躍中の先輩方もそうだし、自分もそうだし、アマチュアの人でも誰でも、プロアマ問わず人を撮るなら同じだとおもうんですよ。

なので、モデルが見つからないと嘆く人に聞きたいのは、「一体どれほどの努力をして見つからないと結論付けてるんですか?」ということですね。

すごくシンプルな話で、今はまだ見ぬ誰かを撮りたいという欲望があるじゃないですか。だとしたら、自分ができることはイージーに考えて二つです。

1. その人に撮られたい、撮られても良いと思ってもらえる人間になる
2. その人が撮られても良いと思える対価を提示する

1だけでもいいし、2だけでもいいし、1と2が同時でもいいけど、できることは大体この二つだと思います。

1つ目は、自分が撮られたいと思ってもらえるために、相手に自分がどういう写真を撮っているのか、どういう人間なのかという判断をしてもらう必要がありますよね。今だと当たり前のようにSNSですけど、これはホームページでも良いし、ブックでもいいし、仕事の実績でもいいし、職業などでも良いと思います。

写真が良いか悪いかはおいといたとしても、どっちが言い出しはじめるかはともかく、結果的に撮られたいと思ってもらえれば撮れるんです。

「この人良い写真撮るのかぜんぜんわからないけど、信用できるし面白そうだから」

とかそういう理由でもよいわけです。とにかく相手が撮られたい、撮られても良いと思ってくれたらいいわけですから。

2つ目は、お金をはじめとする対価で解決する方法。これはSNSでも個人で被写体活動をして生計を立てているモデルの方もいるし、撮影会モデルもいるし、もっともイージーです。この対価はお金でなくとも良いと個人的には思っていますが、相手の望んでいるものを引き出すというのは非常にむずかしい行為なので、この手の問題にぶつかる人には難しいかもしれません。

理想的には、1の例のように、モデルの方にこの人になら撮られても良いと思ってもらえることがフォトグラファーの誉れだとは思うので、いったいどうやってそこに達するかということだと思うんですよね。

そういう判断をしてもらうために自分を表現できる作品(とは限らない)が必要というのは前述のとおりですが、それらを用意するために、まずは2のように被写体の方が撮られても良いと思える対価を用意して、撮影してできるだけ魅力的なモノを制作して、それをもって1にいくというのが王道だと思います。

これは正直、冷静に考えてみたら誰でもたどりつく論理だと思うので、何故こういうことをすっ飛ばして

モデルが見つからないんです。

とか言ってるのかが、わかりません。ツイッターでもインスタグラムでも見たら山ほどいるじゃないですか、写真をもって声かけたらいいんですよ。恐れずに。

相手に撮ってもらいたいと思われるだけの写真がないなら、写真をつくればいいんです。それだけ。

自分の場合

自分ははじめた頃、撮りたいと思ってもらえるのが理想だと思っていたので、頼まれることを待っていたりして受け身だったりしたんですが、この二年くらいは自分が撮りたいと思って撮ることが重要なのかなと思う時期に突入していて(どっちが正しいとかではない)、気になる人がいたら積極的に声をかけるようにしています。

断れても失うものってちっぽけなプライドくらいじゃないですか、そんなもの、もしあるならむしろボロボロにされてしまったしまったほうが良い。

頼んでみて、撮影に関する対価を要求されるようならそれが見合えば払うのが当然だし、それだけの話だと思うんですよね。

フォトグラファーは、多くの場合において撮影のうちの殆どをコントロールできる立場だと思っていて。必ずしも全てではないですが、ほとんど。

何処で撮影するかとか、どういうイメージにするかとか、どういう瞬間にシャッターをきるかとか、どういう写真を選ぶかとか、どういう風に加工をするかとか、どういうカメラで撮るかとか。どういう作風かとか。

出来上がりの写真についてもう、ほっとんどのことを決めてる。だから責任も大きいと思うんですね。それにたいして、モデルはフォトグラファーを信じるしかないという側面が大きい。

逆に言えば、モデルからするとフォトグラファーを信じることしかできない部分がたくさんある。

じゃあ、フォトグラファーはモデルの人に信じてもらえるようにする。

これ以外ないのかなと思いました。

以下、購読者向けの部分ですが大したことは書いていません。個人的な経験談です。

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Akiomi Kuroda / 黒田 明臣

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