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フォトグラファーにとってのフォロワー数について徒然

昨今流行りのクラブハウス。ひきこもりの自分にとっては中々ハードルが高く、そこまで頻繁にアクションできてはいないのですが、一応ソーシャルメディアの端っこで生きる身として勉強も兼ねて、できるだけ時間を使うようにしながら、フォロワー数という点で二つの偶然が重なったのでここでまとめてみようと思います。

ちなみに、徒然なので特に考えずに書いていきますが長くなりそうな予感がします。

ちなみにClubhouseに関する私見はこちら。

偶然といっても別に大したことじゃないんですけど、まずフォロワー稼ぎのための部屋が存在するということ。これは単純に驚きというか、盲点というか、クラブハウスというプラットフォームでフォロワーを稼ごうとする人がいることに異なる意味で驚きました。異なる意味というのは、確かに新興のSNSができた時にアーリーアダプターとしてフォロワーを増やしておこうという発想に至る人が多いであろうことは想像に難くないので、単に自分がそこに気づけなかったことに驚いたという意味です。なるほど、ここで増やそうとは思ってなかったなと。

もう一つは、何処かのルームで話しをしながら、フォロワー数に関する話題に及んだので自分の考えを話しながら、そういえば一周回っていまこの観点に至っているもののそれを文字に起こしたことはなかったかも?と。

普段こういう話をすることはないので、たったこれだけといえばこれだけですが、この偶然の重なりによって、とりあえずnoteにまとめておこう程度には思い立ったというわけです。

もちろん自分が話すので、領域的にそれは基本的にフォトグラファー視点になっちまいますけど、これはフォトグラファーに限らず、プロフェッショナルサービスを提供する人たち、つまり士業やコピーライターからコンサルタント、ヘアメイクでも何でも良いですが、そういった人たち全てに当てはまることだと考えています。

もうだいぶイベントなどではお話していて、様々な方に語り尽くされた内容だとは思うのですが、自分の考えはシンプルに以下三点に集約されます。

1. フォロワー数と写真の実力には関係がない
2. フォロワー数とSNSにおけるアイデンティティには密接な関係がある
3. 写真とアンデンティティには密接な関係がある

そして、最後にフォロワー数が多いに越したことはない派です。

結論から言うと、フォロワー数は大いに越したことがないと思っています。これは自分がそう思っているだけなのでそう思わない人がいても特に不思議はないですしそれで良いと思っているのですが、基本的に大いに越したことはないでしょう。

場合によっては、フォロワーが多いことによって自身の生活に支障をきたしたり、クソリプや誹謗中傷の的になるといったこともあるかなとは思いますが、それであればアカウントを変えるなりフォロワー数を強制的に減らす方向に動くなど選択肢はあるかなと思っているので。単に大いに越したことないよねといった意見です。

また、フォロワー数が多いことによって仕事につながったり、プロフェッショナルサービスのように自分のスキルや知識を売り物にする立場の人間にとっては多くの場合、重要な指標であるのは確かなので。もちろん例外はありますけど。

1. フォロワー数と写真の実力には関係がない

では、何故フォロワー数が多いかという点においてそれが写真の実力であるかと問われたら基本的に自分はNOと答えます。

もちろん、全く人の心を打たない写真と、人の心を打つ写真を比べて、どちらの方がいいね!を得られるか、そしていいね!によってどれだけ多くのフォロワーを得ることが出来るかと考えた時に、後者の素晴らしい写真の方に軍配があがることは承知しています。

それでも、おそらく写真の実力には関係がないと思っています。何故なら、いいね!がついてフォロワーとなっているのは投稿そのものではなく究極的にはアカウントに帰属するものであって、総合的な指標だからです。

例えば、フォロワー数10万人のフォトグラファーと、フォロワー数が数百人のフォトグラファーがいたとして、それぞれ写真の実力を評価される場、つまり商業の世界であったりアートの世界であったりしたところでフォロワー数通りの評価をされるかどうかという点で言えば全く異なります。

そして、実際にそういう人がSNS空間の中にはそれぞれ存在するわけです。

国内はもちろん、海外のギャラリーで個展をできたりするようなフォトグラファーで1000人にも満たないInstagramアカウントを持っている人もいれば、10万フォロワーいるものの一部上場企業の新商品における広告クリエイティブを担当するフォトグラファーを決めようという段になってアートディレクターから名前の挙がらないフォトグラファーもいるのが現実で、これは紛れもない事実だと理解しています。

また、関係がないということは、逆も然りです。つまり、フォロワー数が多くて写真の実力も兼ね備えている方もいるということです。SNSでフォロワー数が多いから写真の実力がないとはなりませんよね。なので双方向的に関係がないのです。

2. フォロワー数とアイデンティティには密接な関係がある

それをややこしくしているのは、フォロワー数とアイデンティティには密接な関係があるからだと考えています。正確に言えば、SNSのアカウントというのはアイデンティティを示す一つの要素出会って、この点と密接に関係しています。

その人の写真の実力やテキスト、投稿頻度、写真とテキストの親和性やコメントなどを含めたコミュニケーションやSNS空間に問いかけるメッセージ性など、総合的に判断した結果ということです。

例えば我々が初対面の人と出会う時に、ルックスが良い人というのは好印象を抱きがちというのはあると思いますが、であれば自分の周りにルックスの良い人だらけか?と問われたらそうではないと思います。その人の思想やコミュニケーション能力、実績、相性など全てを総合的に判断しますよね。SNSというのはソーシャルネットワーキングサービスですから、本質的には社会に対してその人の個性がどのようなものであるかという点がにじみ出てきますし、どこまでを表現するかはリアルと違ってコントロールする事が可能です。

これは例えば、アカウントを本気の写真、SNSでウケる写真だけにとどめておいたり、ポートフォリオとして活用するという行為が該当します。それが悪いというわけではなくフォトグラファーとして賢明な運用ですけど。

しかし、このアイデンティティというのも真の意味のアイデンティティではなく、あくまでSNS上であるというのがややこしいところです。つまり、SNS上でのアイデンティティはある程度作為的でも無作為であっても装う事が可能なんですよね。

つまり、何か一つ人々の心を捉えるジャンルがあるとして、それを模倣することでアイデンティティを偽装することができちゃったりします。これはSNSは基本的にコモディティ化していく、つまりトレンドがパッケージ化されて更にトレンドを加速させるような傾向があると思うんですけど、そのトレンドに乗っかることで意図的にフォロワーを増やすことは可能だったりするということです。極端な話ですが社会的に話題性のある写真やテキストをSNS空間に放り込むことでユーザーの興味を獲得しやすいとかそういうことです。

写真でもポエムと揶揄されるようなテキストでも良いんですけど、視覚情報に頼ったSNSでは表層的な表現しか技術的に為し得ていないというところもあって、模倣しやすいし、リアルと違って表層をコントロールし続けることが可能なんですよね。

そしてここには時間軸も存在します。英語には "right place in the right time" という表現がありますが、自らを適した時に適した場所に置けるかどうかという先見の明が重要で、ゆるやかにではありますがトレンドも変化しているので後追いで可能な範囲というのも限られています。

例えばInstagramもTwitterも自分は大したフォロワー数ではありませんけど、それでも今からSNSをはじめて同じ数字に出来るかと言われたら中々難しいと思います。自分よりも後から写真をはじめて自分の数倍フォロワー数を抱えている方もいるので、これは早くはじめたからということを言っているのではなく、まさに right place in the right time だったかどうか、自身のもつコンテン力と比較した時の話だということです。

つまり、SNS上におけるという枕詞ありきではありますが、アイデンティティとフォロワー数は密接に関係していて、写真だけではなく総合演出としてアイデンティティを確立していくことが密接に作用しているだろうという立ち位置です。

3. 写真とアイデンティティには密接な関係がある

そして、写真にフォーカスしてみると、これはこれでアイデンティティにも密接な関係があります。自分が写真を語れる立場にいるかというと別にそういうレベルでもないんですけど、それでも分かっている範囲として写真というのはその人の人生を写す鏡のような作用があると思っています。それは写しているものがどうこうではなく、何に興味を持っているのか、カメラを持っていようがいまいが人生を取り巻く目の前の莫大な情報の中から何を切り取ろうとしたかというのが如実にあらわれているわけなので、写真に対する姿勢も価値観も不思議と出てきます。

これはアイデンティティに他ならず、常に格好の良い写真を撮り続けている人も、それを撮り続けて発表し続けようとしている個性が選択した決断なわけです。日常に対してシャッターを切っているかどうかは関係なく、アイデンティティがあらわれるものだと思っています。ただし、それがSNS上であれば表層的にコントロールしやすいという点は上述のとおりですが。

なので、写真にはアイデンティティが宿っていて、そこは否定しようのない事実で、アイデンティティの力強さが写真の実力とつながっていくのだと思います。その点において、フォトグラファーのアイデンティティが写真を通してSNSで広く受け入れられるということが起きれば、そこでようやく写真の実力とフォロワー数が比例していく関係になるのではないかな〜と。

まあ徒然書いてみましたけど、自分の整理では、写真の実力とアイデンティティとフォロワー数は方程式となっているものの、アイデンティティは表層的なものと本質的なものが変数になっているのに加えて写真以外の部分も含めてのSNSアカウント足るのでイコール写真の実力とは限らないという結論です。

フォロワー数の是非

ではフォロワー数の多さと写真の実力が関係ないならフォロワー数なんて少なくたって良いじゃないかというとそういうわけでもないと思っています。

何故かと言うと、詳しくは後述しますが、いまは写真に限らず世の中におけるコンテンツ評価軸にとって変革の時期にあると思っていて、その過渡期というのもあり実力の定義がSNSにマッチしていないという面も充分にあるのではないかと考えているからです。

とにかく、フォロワー数は関係ないと言うつもりはなく、これは基本的にとにかく多いほうが良いです。その人の趣味趣向によりますが、もしフォトグラファーとしてこれから活動しようというのであれば尚更です。

フォトグラファーとしてプロフェッショナルでやっていくということは、広告業界に入っていくかC2Cビジネスの動力として働くか、アートの世界に入っていくかの基本的に三択だと思いますが、おそらくイメージとしてプロフェッショナルフォトグラファーと言われて多くの人が思い描くのは広告業界じゃないでしょうか。(プロカメラマンという言葉があまり好きではないのであえて使いません)

その広告業界というのは雑誌もそれ以外も含みますが、ウェブ広告は市場的にも右肩上がりになっていて、そこにはSNSなども当然含まれています。その上でSNSにおいて写真以外の付加価値を持っているのは資産に等しいので、当然多いほうが良いという姿勢です。

極端な話、自分の写真の実力がゼロであってもフォロワー数が莫大な数がいればインフルエンサーとしてマネタイズできるわけですから、そういうことです。

実力というトップダウンの評価とボトムアップの成果

実力という単語に対する補足もしておきます。

自分の理屈で言うところの実力というのはまだまだこれまでの古い評価基準で判断されるものであって、フォロワー数という新しい評価基準に社会が追いついていない事が、この方程式にあると言っても良いかなと思っています。

実力という言葉に相当する実績というのは、これまでの4マスに代表されるようなマスコミュニケーションでは半歩先のクリエイティブを標榜するような、歴史を踏襲していて審美眼もある人たちがトップダウンにリードしているわけなんですけど、SNSのようにボトムアップに評価が定量化されるような世界のルールを、実力という言葉に包含されているようなトップダウンに評価される場で判断しようというのはちょっと無理があるんじゃないかな、という事になります。

写真で言えば、写真という一つのクリエイティブないしコンテンツを作品として評価する軸がソーシャルメディアと旧来メディアで大きな隔たりがあるというか。

ボトムアップな指標でフォロワー数やいいねに繋がっているのは確かな成果だと思いますが、実力として評価されるような社会になっていないのではないか、ということです。

最後に、最初の偶然の話に戻します。

実際問題、クラブハウスで本質的にインフルエンスを持っている人がフォロワーを増やすことが是か非かを考えてみた時に、今のクラブハウス仕様では自分が参加しているルームにそのフォロワーを誘導してしまう仕組みになっています。

これがルームのエンハンスメントに強烈な効果を与えていることは疑いようのない事実ですが、ではそれを知られることがアカウントにとっての是非はその人の使い方や考え方に依存する部分が多分にあると思っています。

戦略上かポリシーとしてよほど強い意志がなければ、そのうち機能として自分がどのルームに参加しているかフォロワーに知らせないような機能が追加されるか、少なくとも求められてくるだろうと思います。

というのもあって、クラブハウス上でフォロワー数を増やそうという行為は、既にインフルエンスがあってその影響力を自認している人にとってはフォロワーに知られたくない志向の人もいるだろうと思うので、何故むやみに増やそうとするのかは個人的には疑問でした。

長くなりましたが、まだまだ続きそうなので一旦ここで終了します。

色んなスタイルがあると思うのでそれらの一切を否定するものではなく、全てが尊い人間の活動だと思っていることは一応記しておきます。

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Akiomi Kuroda / 黒田 明臣

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